株式会社クリーンシティー 小林 昌広 様

このコンテンツは、株式会社editedが提供する、企業の実績を信頼資産に変える「顧客の声ブランディング『プロジェクトWE』」の取材記事を、Web版として再構成したものです。

素敵なデザインで仕上げていただいた原本も、ぜひこちらからご覧ください。

客観的な正解を与えるのではなく
経営者の想いに火をつける問いを

心優しい二代目、小林昌広に野心はなかった。

ただそれは、もう少し若かった頃の話だ。47歳になったいま、仕事に対する向き合い方は、ある人物との出会いをきっかけに変わりつつある。

昌広が、父の小林典郎が1988年に設立した株式会社クリーンシティーに入社したのは19歳のとき。クリーンシティーは再生資源の回収、一般ごみ・産業廃棄物の処理をメイン事業としながら、建築解体、外構工事、看板撤去から雑草除去にいたるまで、蕨市を中心に地域の暮らしを支える“街の便利屋”として歩んできた。

社長である典郎の息子であり、三人兄弟の長男でもある昌広は、「小学生の頃から夏休みになるとごみの片づけを手伝っていて、嫌いじゃなかったんですよ」という家業に、一人の社員として没頭した。「いずれ自分が社長になって会社を大きくしたい」なんてことは、少しも考えていなかった。

実際のところ、会社を継ぐことに強い意欲があったわけではない。経営について学ぶ機会も少なく、「親父が作ってきた会社だから内情もよくわかっていなかった」と当時を振り返る。現場の仕事は好きだったが、自分が経営者として会社の未来を描くイメージはまだ持てていなかった。

そんな昌広を変えたのが、中小企業診断士の稲葉友輔である。

昌広に稲葉を紹介したのは叔父の達広だ。達広は、社会活動に情熱を注ぐようになっていた兄の典郎に代わり、専務として会社の実権を預かり辣腕をふるっていた。顔が広く、人付き合いも濃い達広は、ある経営者コミュニティで稲葉と出会い、その飄々とした人柄に惹かれた。

「朝6時に始まる集まりなので、役員は5時ぐらいに来て準備するんです。ところが稲葉さんは4時半くらいに自転車でやって来て、机とか椅子を並び始めるわけ。俺も負けてられないと思いましたし、信頼できる人だなって」

出会った頃のことを思い出して、達広は目を細める。

叔父の紹介で知り合った稲葉と昌広は同い年。二人はすぐに意気投合し、会社の未来について語り合うようになった。ちょうどその頃、達広は世代交代を考えていた。

現場主義の達広は経営に明るくない。しかも当時、肺にがんが見つかり、商売道具である車の運転を止めるように告げられていた。2027年には創業40周年の節目を迎える。次期社長候補は、昌広しかいなかった。

とはいえ、叔父の目には甥の昌広が少し頼りなく映っていた。

「決心が足らないって言うのかな。俺が社長になるっていう気概が弱くて、他人事のようでした。そのせいか、相手のことを気遣い良かれと思って発言しても、逆に言い返されちゃったりしてね」

人柄が良く、社内的にも対外的にも人望が厚い。その一方で経営者となる自信や自覚、数字に基づいて論理的に社員を引っ張っていく強さが足りないとも感じていた。

「それまでは聞いても答えが返ってこないことが多かった」と、達広は当時を振り返る。だからこそ自分の考えを持ち、自分の言葉で会社の未来を語れる経営者になってほしいと願っていた。その想いを受け止めたのが稲葉である。

数字の価値など要点を伝え
会社の課題をともに考える

社員40名。その中には昌広よりも年上で社歴も長く、頑固で気性が荒い職人気質の古参も少なくない。達広は「そういう雰囲気を作ってきた俺に責任があるんだけど、昌広にはアイツらを飛び越えるくらい成長してもらって、会社をもっと良くしてほしい」と、クリーンシティーの未来を甥に託そうとしている。

昌広への世代交代が本格化した当初を、稲葉が振り返る。

「達広さんが『個人商店からちゃんとした会社にしたい』とおっしゃっていたのが印象に残っています。創業当時から仕事を拡大してきて、いろいろな依頼に対応して会社が大きくなってきた。そんな中で、タイプが異なるマサさん(昌広)が会社を引き継ぐときに、同じやり方ではうまくいかない。自分なりの経営指針を打ち出したほうがいいし、長年変わっていないという就業規則も見直したほうがいいと思いました」

当初は自分が社長になるイメージが湧かず、会社をどう経営していくかも漠然としていた昌広だったが、稲葉との対話を重ねることで自分の考えがまとまり、会社を想う気持ちが強くなった。理念づくりや組織づくりにも初めて本格的に向き合う昌広に、稲葉は「あなたはどうしたいのか」を問い続け、その問いに向き合う中で昌広は、自分の言葉で会社の未来を語ることの大切さを学んでいった。併せて数字やデータを示すことで、社員との対話に説得力が生まれることも実感している。次期社長としての責任感が、少しずつ芽生え始めていた。

しかし稲葉は正解を与えるわけではない。これまでに幾度となく中小企業の経営者から相談を受け、相手の役に立つ助言を授け、その行く末を見届けてきた。そうした経験があるからこそあえて遠回りに見える道を選び、成長過程にある次期社長が少しずつ階段を上る姿を静かに見守っている。

「この会社の事業戦略はこうだから、こう進めていきましょうってアドバイスするのは、ある意味簡単なんです。でもそれをやっちゃうとマサさん自身の熱が帯びてこない。熱量を持ってしゃべれないものを作っちゃうのが、一番良くないんですよね」

自分の言葉で話せるように
相談者に寄り添い、見守る

稲葉には苦い経験がある。中小企業診断士として独立したての頃、的確な助言が必ずしも成果に繋がらなかった。それを機に仕事の進め方を見直し、いまは相談者に寄り添うことを心掛けている。

「客観的に見て正しいことと、本人が熱く語れるかどうかは全然別じゃないですか。『人って腹落ちしないと動かないんだな』という経験が何度かあって、スタンスを変えました。やっぱり、自分自身で考えたことをやるほうが楽しいですからね」

大事なのは、経営者が情熱を注いで課題に向き合えるかどうか。昌広がいま大切にしているテーマの一つが、社員の休日を増やすことだ。それは自分たちが休みたいからではなく、若い人材に選ばれる会社になるために必要だと考えているから。

「話してみると、一緒に働いている社員も同じ問題意識を持っているんですよ。だから会社全体の課題になるし、みんなで考えるようになる。派手な改革ではありませんが、そうやってジワジワ良くしていくしかないんです」

昌広が自分の言葉で会社を、そして社員の未来を語るようになったことで、賛同者は確実に増えている。一緒に会社を支えていきたいと考える同性代の社員は当初2人だったが、現在では6人まで増えた。月に一度次世代幹部ミーティングを開き、彼らと議論を交わしている。

以前は現場ごとに仕事をこなすだけで、会社全体のことを話し合う機会は多くなかった。しかしミーティングを重ねる中で、「社員はちゃんと会社のことを考えている」と感じる場面が増えていったという。

「良い意見がけっこう出るんですよ。稲葉さんと一緒に課題を考えて、自分の言葉で話すようになったことで味方が増えましたし、私自身の信頼度も上がっているような気がするんです」

昌広はそう言って、少し恥ずかしそうに笑う。

実際、以前は相談しても反応が薄かった昌広に対して、達広も最近では会社の将来について意見を求めるようになったという。周囲から見ても、昌広は少しずつ“次の社長”になりつつある。

迫りくる世代交代を前に、昌広は会社の理念や今後のビジョン、新規事業に対する想いなどを、A4のレポート用紙にビッシリと書き記している。「まだ稲葉さんにも見せてないんですよ」と照れるが、その表情にはかつてのような迷いはない。ここから稲葉に助言を仰いで磨き上げ、近いうちに社員の前で発表する予定だ。

世代交代が実現し、昌広がクリーンシティーの社長になる日は、もう少し先かもしれない。だが真剣に会社と向き合う中で、昌広は少しずつ自分の言葉で未来を語れる経営者になりつつある。その歩みを、稲葉はこれからも隣で見守り続ける。

何から手を付けるべきか、整理できていますか?

経営者には、日々さまざまな課題が降りかかり、その対応に追われている方も少なくありません。

しかし、本当に解決すべき課題や優先順位が明確でなければ、成果につながりにくくなります。

無料相談では課題の整理を、経営自走化診断では現状分析と改善の方向性を確認できます。

まずは現在地を把握することから始めてみませんか?次の一歩を踏み出すためにも。